ウチダハウス社員インタビュー
「インターネット回線はどちらをお使いですか?」「ウォーターサーバーを導入しませんか?」そんな電話が急にかかってきて困惑したり、怒ったりした人もいると思います。
ウチダハウスに入る前、私はそんな電話をかける仕事をしていました。
正社員として、テレフォンアポイントメントの会社の営業担当だったのです。毎日、契約を取り付けるために見知らぬ相手に電話をかけます。なかなか契約にはこぎつけません。親切な応対をしてくれることはあまりなく、顔も素性も知らない相手から罵声を浴びせられることもあります。就業時間は10時~19時ですが、夜のお店などにアポイントを取るにはその時間内では難しいので、退社時間を過ぎても電話をかけ続けました。毎日の仕事を終えて帰宅すると、23時を過ぎることはざらです。また、土日に営業しているところへ電話をかけるために休日出勤もします。正月以外は殆ど休みもなく、とにかく働き詰めでした。それでも、つらいとは思うことは殆ど無かったです。自分の時間は無くて良いと思っていました。
「大学は卒業するように。」そんな父の厳命で、政治経済学部に入学しましたが、興味は沸きませんでした。結局大学は中退し、アルバイト生活をしていました。ハンバーガーショップ、ボウリング場などを転々としながら、浮ついた日々を過ごしていました。その頃、TSUTAYAで洋画のDVDを、タイトル五十音の『あ』から順番に借りて見ていました。知らない難しそうな映画だろうと、古い白黒映画だろうと、とにかく順番に全部見る、そんなことをしていました。同い年の友人達は、すでに就職し、社会にでています。彼らを横目で見ながら、このままでは、自分はどうしようもない大人になってしまう。そんな思いが募っていきました。
とにかく今までの甘えた自分を捨て、厳しい環境の中で何か成果を出すまでやってみよう。そう決意して就職したのが、先述のテレフォンアポイントメント会社でした。
自分の時間を捨てて臨めば、仕事はいくらでもありました。
その会社の社長はベンチャーで一から起業した創業者で、仕事面では厳しい人でした。社内の人間関係は良く、愛社精神も芽生えてきて、28才の時には、課長待遇のマネージャーという役職で予算の管理を任されていました。
そうなったとき、もうここではやり切ったという感慨がありました。
わたしの実家は、およそ四百年前に、まだ雑木林だった荻窪の地を開墾し、農業を始めたのだそうです。やがて農業が廃れると、父は先祖から受け継いだ土地を新たに宅地として切り拓き、アパートを何棟も建てて不動産経営をはじめました。土地に関する権利の裁判なども長く続いて、楽な道ではなかったようです。毎日ピリピリと気を張る父の姿はよく覚えています。
父は必死になって不動産業を一代で築きあげました。そんな父の姿をずっと見ていて、自分が引き継ぐのは当然だろうと思っていました。学生時代には美容師の夢を漠然と抱いていましたが、死に物狂いで今の事業を切り開いた父には、相談もしませんでした。
そんな事情があって、30才になる前に、テレフォンアポイントメント会社を辞め、不動産業への転職を考えました。大手の不動産会社の内定もとれたのですが、父からはウチダハウスを勧められました。30年以上地元に根付いて、賃貸管理を主にやっている事を評価してのことでした。父から助言を受けるまでは大手が第一志望でしたが、経験豊富な父の言葉を信じました。
前職の社長は派手な身なりでしたが、面接で初めて会った内田社長は、同じ一代で会社を興した社長でも、全く違うタイプでした。気さくで裏表がなく、なんだか“社長”というよりも、“お父さん”とでもいえそうな印象だったのを覚えています。
父が不動産業をしていても、手伝ったことはないので、全くの素人です。人と接することがほぼなかった前職と違って、毎日誰かと接します。入居者の方とオーナーの方との間で板挟みになることもあります。ネガティブな気持ちになる人もいると思いますが、自分はそうはなりませんでした。前職でとにかく自分の気持ちを押し殺すようにして邁進してきたので、精神的にはかなりタフになっていたようです。
失敗もたくさんしますが、そんな時は社員心得の「トラブルやお客様の叱声は私たちを成長させるチャンス」が頭に浮かびます。起こした失敗は全て忘れることはありませんし、それを反面教師にすれば、自分の成長に繋がります。失敗という経験は財産です。そう思えば、失敗を恐れることなく色々なチャレンジもできます。
現在、自分の中では不動産の大学に通って、不動産のあらゆることを学んでいる感じもしています。仕事を覚えるにつれ、面白くなってきました。直属の上司の、仕事に取り組む姿勢からも多くを学びました。
こうと決めたらとことんやり切る、小中学校の頃はサッカーに熱中して、誰よりも負けず嫌いでした。過酷な場に身を置く事からスタートした社会人生活も、趣味で片っ端から見ると決めて見ていた映画も、やると決めたらやり切るところは同じでした。おかげで全く知らなかった面白い映画も沢山知ることができましたし…。
自分に課した目標を一つ一つ達成することは、自分にとっての喜びなのだと気づくようになりました。父の敷いたレールの上を走っていることは否定できません。それでも、いろいろなことが自分の中で、腑に落ちていって、だんだんとクリアになっているという感覚があります。
自分の中の理想は高いです。理想の自分との闘い、それが自分の中の一番大きなテーマのように思います。まずは理想の自分に追いつくこと。それはまるで一生クリアできないゲームのようです。
管理部 管理第3課 井川
失敗を恐れずチャレンジする彼のバックボーンには
「トラブルやお客様の叱声は私たちを成長させるチャンス」という
社員心得があった。
- 宅地建物取引士 宅地建物取引士(宅建士)は、宅地や建物の売買や賃貸の取引を専門とする国家資格者です。不動産取引の専門家として、購入者などの利益の保護や円滑な取引を図る役割を担っています。


